神奈川新聞2002年9月15日(日)付の
日曜版「サンデーブランチ」で、
“かながわVIP”として
作家・三宅孝太郎が取り上げられました。
以下は、その記事の詳細です。

現代日本が失った美しさを

 開港間もない横浜を舞台にした時代小説「開港ゲーム」を小学館文庫から出した。文庫だが、書き下ろし文芸作品だ。
 明治5(1872)年、横浜で発生したマリア・ルス号事件が題材。若い地元新聞記者・安藤章一郎を主人公に、外務卿(きょう)の副島種臣、神奈川県令・大江卓ら明治開化のそうそうたる人物を配し、殺人事件を絡ませる歴史ミステリーだ。
 大江卓がこの事件で下した日本初の国際海事審判の判決を、シェークスピアの「ベニスの商人」の名判決に例えるなど、ユニークな視点が見られる。評論家からは「史料をよく調べ、実在と架空の人物をうまく描いている」と評価も高い。
「横浜は日本の近代化の窓口。当時、外国人から見れば、横浜イコール日本人だった。だが受け入れ体制は横浜になかった。居留地を広げるなど突貫工事をして、日本の問題を横浜が一身に背負っていた時代だった。法律も未整備で、そのただ中で起きたのがマリア・ルス号事件だった」
 この本では副島種臣が政府内で孤軍奮闘する姿が描かれている。
「副島は日本の主体性を維持した大事な政治家。これに感銘を受けた。大江卓と共に日本を支えた両輪だ。この二人をサポートし、物語性を持たせるために安藤章一郎をフィクションとして設定した」
 三宅さんの作品はほとんどが時代小説。
「学生時代から歌舞伎、特に鶴屋南北が好きだった。南北の一代記を書いたとき、江戸の世話物に興味を持ち、ここから時代小説に入っていった」
 その時代小説の魅力は何だろうか。
「現代日本人が失った美しさ、パワー、人情がある。実際、現実を見ると、うんざりすることが多い。副島や大江の例でも、自分を捨ててでもやっていく人たちの魅力がある。また、女性も美しかった。同時に男も強かった。それが今では逆転している。時代小説を通じて、日本人はこんなもんじゃない、と伝えたい」
 時代小説といっても、その範囲は広い。その時代時代の功罪もある。
「時代をどこで切るか。江戸か明治かで違いはあるが、美意識に変わりはない。特に江戸時代は日本人にとっては良き時代。明治の元勲たちは江戸時代のことを悪く言うが、それは自分たちを正当化する論理のためだ。例えば城を壊したりしたが、彼らは壊さないと、近代化ができないと思っていた。心が狭かったのだと思う」と残念がる。
「城は日本の文化財だ。本当にもったいないことをした。外国人は日本の建造物を素晴らしい、美しいとほめていたのに」
 今、「開港ゲーム」の続編を構想中だ。安藤章一郎がロンドンのロースクールに入学する。横浜税関長を務め、のちに横浜で代言人(弁護士)、政治家になる星亨も一緒に学ぶという設定だ。青い落語家・初代快楽亭ブラックも登場する。
「料亭での政府要人の会合などをからませ、当時の横浜の風俗を描きたい」

(文化部・遠藤孝記者による記事。掲載された写真も)