第2回 2004年11月30日(火)

報国寺

 杉本寺を出て、滑川ぞいの遊歩道を上流に向かいます。渓流には緋鯉や真鯉が身をくねらせ、岩場ではセキレイが2羽、なかよく遊びたわむれています。10分ほど歩くと、華の橋。なんと粋な名前じゃありませんか。その粋な小橋を渡って100メートルもいけば、「功臣山」の扁額のかかった報国寺の山門。
 清楚な参道をしばらくいくと、本堂へつづく石段が。と、そこで、ふと右側に目がとまります。お地蔵さんかと思って通り過ぎそうになったのですが、手にしておられる錫杖
(しゃくじょう)のあたまの部分の輪っかの中に、小さな十字が刻まれているではありませんか。どう見てもクルスです。地蔵さまの顔をつくづく眺めますというと、それは、まぎれもなくマリアさまにちがいありません。ひょっとして、いつのときにか隠れキリシタンのかたがたがひそかに、ここでお祈りしていたものでしょうか。

 十数段ほどの石段を登ると、なだらかな銅ぶき屋根の本堂ですが、杉本寺とちがって堂内へは立ち入ることはならず。
 ここは、足利尊氏の祖父・家時が建立したとか、宅間上杉氏の祖・重兼が建てたともいわれ、かつてはここから5キロも先の衣張山までが境内だったといわれますから、そのスケールの大きさがしのばれます。
 なかなか趣きのある、カヤぶきの鐘楼の先から裏庭へ(ここから先は有料ですぞ)。
 この庭が、わたくしの大のお気に入り。いちめん、竹林に覆われた庭園。竹と竹の間からもれる光が、おりからの紅葉の色とあいまって、なんとも美しい風趣をかもしだします。「竹の寺」呼ばれるのも当然でしょう。
 いつだったか、春のころのこと。ここで一人の外国人女性に出会いました。彼女は、頭を出し始めた竹の子を見て、「オオ、バンブーベイビー!」と感嘆の声をあげたものでした。彼女、竹の子を見るのは生まれて初めてだったのかも。それにしても、バンブーベイビーじゃ、そのまんまでしょうに。日本語を直訳したとしか思えないんですがね。とりあえず、にっこりとうなずき返しておきましたとも。
 竹林をすぎると、枯山水の庭が明るい日差しのもとにひろがります。上方の岸壁に目をやると、鎌倉ではおなじみの、高貴な人たちを葬る「やぐら」が望めます。足利一族の墓だそうで。
 このあたり一帯をさして、宅間谷
(たくまがやつ)と呼ばれていますが、言い伝えが残されています。その昔、この谷に宅間猫という大きな猫が住んでいて、里へ出ていっては子どもをつかまえて食ってしまったらしい。そこで和尚さまが山に向かって「喝(かつ)」と怒鳴ったら、翌朝、熊ほどもある猫が崖下で死んでいたといいます。
 くわばら、くわばら。なにしろ、わたくしめは、猫が大の苦手でしてね。そんなバカでかいのが出てきたら、いったい、こっちは何に化けたらいいのやら見当もつきませんや。
 そうだ、思えば、ここは「報国禅寺」とも言われる禅寺だった。大猫に出会ったら、「カツ!」でいいわけか。ひと安心。
 それにしても、禅寺というのは、どこの寺でも手入れが行き届いていて実にすがすがしい気分にさせてくれるものです。とくに、この報国寺は、鎌倉でも一、二を争うほどの美しい寺と申せましょう。
(第3回に続きます)