第3回 2004年1月28日(水)
衣張山と、菜の花畑


 寒さがやわらぎ、小春日和となる。
 菜の花は咲いただろうか。衣張山に登りたくなった。
 鎌倉駅前からバス、「浄明寺」で下車。すぐ目の前を流れるのが、滑川
(なめりがわ)。川沿いを少し鎌倉よりにもどって、華の橋を渡る。
 ほどなく、右前方に、「功臣山」の扁額がかかった山門が近づいてくる。ここは、「竹の寺」として知られる報国寺。わたしの大好きな禅寺のひとつだが、本日は失礼して、先をいそぐ。
 ゆったりとした敷地の閑静な住宅街のあいだを通る道は、徐々に登り坂となる。
 と、今度は文明開化の匂いをふんだんに振りまく洋風建築、華頂邸の門扉が迫ってくる。が、ここも今回は素通り。さきの報国寺とともに、いずれ花の季節にでもなれば、ゆっくりと訪ねることにしよう。
 やがて、家並みが途切れたあたりから、冬枯れの山道にかかる。いきなり、野鳥たちの歓声につつまれる。
 登りつめたところが、鎌倉・逗子ハイランドの広大な住宅地の最頂上部、衣張山の麓である。
 この広場も、野鳥の楽園だ。さっそく目の前に現れたのはモズ。しっぽを流暢に上下させるしぐさは、じつに可愛い。あわてて、カメラを向けたから、ちょっとブレてしまったが。
 いよいよ、ここからが本格的な衣張山の登山道だ。というと、いかにも大そうな山登りのようだが、実は、せいぜい標高130メートル程度のトレッキング・コースにすぎない。
 視界が真っ黄色に染まりはじめる頃だ、と思いのほか、なぜか頂上には一輪の菜の花もなかった。出迎えてくれたのは、枯れしおれた幾本かの茎だけだ。こちらの首も、つい、しおれてくる。菜の花は、毎年、咲くものだと思っていたのだが、こんなこともあるのだろうか。昔、菜種を採取するために人が育てたという話は聞いたことがあるが、ここの菜の花も、人手が入らなくなったために枯れてしまったものだろうか。菜の花は野生種ではない? 菜の花について、よくご存知のかたがいれば、教えてほしい。
 菜の花はなくても、絶望する必要はない。ここは、鎌倉の海と市街を一望できる絶景ポンイトなのである。鎌倉は、その昔、鎌倉城と異名をとったほどだ。南面する海の逆方向は、すべて山に囲まれた自然の要害地であったことが、一目瞭然である。ここ衣張山も、逗子と鎌倉を隔てる位置にあるわけで、三浦半島方面からの敵の侵入を防ぐ城壁の役目を果たしていたことになる。
 春かずみのせいで富士山が望めないのは残念だが、眼下の眺望は決して登山者の期待を裏切らない。菜の花はなくても、いつに変わらぬ慈愛にみちた風貌のお地蔵さんにお礼を言って、鎌倉市街へとつづく下山道をたどる。
 下りきったところにあるのが、鎌倉で最も古い寺、杉本寺である。足は、ひとりでに、その石段に向かう。坂東三十三観音霊場の第一番札所だけあって、その古色蒼然さに心洗われる。
 自然の尊厳さと人間の営み。その調和の大切さを思い知らされる一日であった。