第4回 2004年3月27日(土)


桜とぼたもち


 ウグイスの声は、もう1ケ
月も前から聞いていたが、春らしい陽気には恵まれなかった。菜種つゆの期間が長すぎた。
 やっと訪れた春風にさそわれて、桜の咲き具合をたしかめるつもりで出かけてみた。
 鎌倉駅にほど近い本覚寺のしだれ桜は、予想どおり早くも見ごろだった。堂宇のひなびた黒を背景に流れ咲く風情は、すがすがしく、こころ洗われる。ソメイヨシノの絢爛さよりも、しだれた趣きのほうが好きである。
 本覚寺へは若宮大路側から、つまり裏口から入ったわけで、正面の仁王門をくぐり出ることになる。目の前は、滑川にかかる夷堂橋。橋を渡って左手にすすむと、妙本寺の総門まで、ほんのひと息。しかし、総門をくぐらず大町の閑静な住宅地の小道へ折れ込む。100メートルもすすむと、「ぼたもち寺」と愛称される常栄寺である。
 鎌倉時代、文永8年(1271)に、日蓮上人が龍の口法難に際し、この地に住んで
いた桟敷
(さじき)の尼が、日蓮にゴマのぼたもちを捧げたことから、ぼたもち寺と呼ばれるようになったという。
 なんの変哲もない寺号よりも、愛称のほうが、いつでも「ぼたもち」をご馳走してくれそうな気がして親近感がわく。「常栄寺縁起」によれば、9月の11、12日には、参詣者にご難除け「ぼたもち」が供されるということなので、ぜひ一度あやかりたいものだ。
 今日のところは、きれいに咲いた葉ぼたんを愛でるだけにしよう。「花よりダンゴ」ならぬ、「ぼたもちより、葉ぼたん」というわけである。
 ぼたもち寺から、さらに数十メートルで、八雲神社。じつは、今日のもうひとつ目的は、この境内の裏からたどる祇園山ハイキングコース歩きである。登山道をのぼりはじめると、はやくも背後に、鎌倉の海と稲村ケ崎の眺望がひらけてくる。汗ばんだ肌に、谷戸からやさしく吹き上げてくる涼風が心地よい。
 コースの行きつく先は、腹切りやぐらなのだが、今日は先ほど門前を通過した妙本寺へと途中下山する。祖師堂前にある桜を見るためである。やはり見事な爛漫ぶりで、立派な望遠レンズつきの三脚をすえている、アマチュアカメラマンたちの数の多さに驚かされる。
 ここは、境内の広さもさることながら、総門からつづく参道がながく、すばらしい。
 思えば、今日は裏口から入ってばかりだ。どうやら、ふだんのヘソ曲がりぶりが露見した格好である。
 鎌倉駅に最も近い桜の名所といえば、二の鳥居から八幡宮にいたる「段かずら」の桜並木は見逃せない。しかし、ここの桜は遅咲きだ。思ったとおり、まだ、ほんの二分咲き程度にすぎなかった。
 最後は、「花よりダンゴ」ぶりを発揮して、小町通りにある、行きつけの喫茶店イワタに寄る。店構えは古くて、悪くいえば片田舎のレストラン調なのだが、実はなかなかの由緒ある店なのである。奥にある、けっこう広い庭を眺めながら飲むコーヒーの味は、かなりのコーヒー通も納得するものだが、格別なのは、ホットケーキのうまさなのだ。厚さ3センチ、上面と下面は、ほどよく焼けて、歯ざわり抜群にもかかわらず、3センチもある側面だけは焦げ目なし。どうして、こういう焼き方ができるのか、いくら考えても分からない。3センチもあるのが2枚で一人前だから、相当の食いしん坊でも満足できるはず。普段は甘いものを好まない人間が言うのだから、まちがいない(だから信用できないと言われれば、それまでだが)。ぜひ機会があれば、ご賞味あれ。