戦後の日本思想史に一石を投じた月刊誌『思想の科学』は、
残念ながら1996(平成8)年5月号で休刊しました。
三宅孝太郎の「股ぐら覗き論」が掲載された
この雑誌の休刊を報道した朝日新聞の記事を掲載しました。


1 視座


 江戸歌舞伎の狂言作者、鶴屋南北の戯曲構造の際立った特色に「逆転の構図」を挙げ、その〈逆転〉を成功に導いているものは、彼の「複眼の視座」と「パロディー精神」にあるとするのが定説である。(注1)
 私もこの定説に賛同する一人であるが、自称、数十年に及ぶ知己として、何度当人に次のような愚問をぶつけたことか知れぬ妄想家でもある。
「南北先生、あなたの作品における逆転の構図は、見事な諧謔精神に裏打ちされた複眼の視座から産まれたものでしょうね」
「何を言うやら。あっしは、ちょいと股ぐら覗きをしたまででさ」
 南北は、太い眉を扱(しご)きながら呆れたように、こう答えるのが常なのである。
「股ぐら覗き」という行為は、日本三景の一である天の橋立を成相山の傘松公園から望むに際して試みる見方、つまり自分の股間から対象を覗き見るスタイルを思い浮かべていただければよい。
「ただし」と、南北は叱るのである。
「下帯(ふんどし)なんぞ纏(まと)っていては、いけねぇよ」
 彼の言う通りに実行すれば、否応なく最初に目にしなければならぬものは己の恥部である。
 恥部、すなわち己の本性・本質を認識したうえで、対象をさかさまにして視(み)よと言うのである。股ぐら覗きにこだわる理由は、もう一つある。それは、両足を接したままで、しかも最も低位置から対象を逆に視るには、このスタイルに限るのだ。
 この「最低位に視座を据えること」が、南北を理解するうえでの第一のキーでなければならないだろう。
 最低位の対極に存在するものは、むろん最高位である。
 不幸と幸福、貧と富、弱者と強者、被害者と加害者などが対極の図式となるが、南北の位置は常に前者である。
 彼は、まず自分の出生に疑問を持っていたと思われる。幼名を源蔵、伊之助、勝次郎などと呼ばれたと伝えられていることからの私の推量である。
 武士や学者の家系に育った者ならともかく、紺屋の型付け職人の息子に過ぎぬ者が複数の呼び名を有したということは、生みの親のもとで幸せに養育されたとは考え難いからである。
 先に、不幸の対極に幸福を一番目に据えたことの理由はここにあるし、このベースに基づいてその他の対極図式が次々に南北の脳裏に想起されたと思われるからである。


2 逆転の構図


 彼の最高傑作とされる『東海道四谷怪談』を組み立てているメカニズムを分析した落合清彦氏は、「この作品の全面にわたってほどこされているのが、モチーフの対極性の執拗な反復による相乗効果だ」として、次の二十の対極図式を挙げておられる。

 1 士官対浪人  2 義士対不義士  3 主対従  4 貧対富  5 敵対味方  6 薬対毒  7 美対醜  8 外面対内面  9 男対女  10 他人対近親  11 淑徳対不倫  12 煩悩対菩提  13 老対若  14 多毛対無毛  15 殺生対功徳  16 鼠対猫  17 水対火  18 手対足  19 サド対マゾ  20 地獄対極楽

 落合氏は、これらの図式は稠密な崩壊への仕掛けメカニズムだとし、二十箇条の対極の意匠をちりばめた血みどろな曼荼羅絵図に擬して言う−−
「この曼荼羅は、奈落へむけて、さかさまに懸り、図の中の物象の悉くは頭を下にむけて宙ずりになっている。いうならば、逆さ曼荼羅である」
「善も悪も、美も醜も、おのおの対極に位置しながら、それぞれつきつめてゆくと、ほとんどすべてが相対化されてしまう−−そして、その対自と対他の果てに、玄妖にして漆黒な“無明”があらわれ出る。一切を空と化す、あの仏教の“無明”の色彩が−−」
「その“空”を情念のドラマとして、変相の裡に予定調和的に位置させる曼荼羅の主人公は、いうまでもなく修羅の炎を背光にしたお岩である」
『四谷怪談』には、南北のすべてが内包されていると言われているだけに、氏の分析は、まさに南北の思想そのものの解明となっている点に敬意を表したい。
『四谷怪談』を最傑作とすることに異存はないが、対極図式とそのつき崩しの顕著にして見事な例としては、『四谷怪談』に先行すること十五年の『阿国御前化粧鏡』(おくにごぜん、けしょうの、すがたみ)を忘れることはできない。「嫉妬の髪梳き」は、歌舞伎の一類型である。南北は、その類型を用いて逆転の構図を抽出する。むろん、『四谷怪談』のお岩の髪梳きと同型なのだが。
 湯上がりの芸者累(かさね)が鏡に向かって髪梳きをすると、先行場面で同じ鏡を用いて嫉妬の髪梳きをした阿国御前の霊が乗り移り、累が次第に阿国御前の亡霊へと変貌・変身しはじめるのである。
 服部幸雄氏は『さかさまの幽霊』の中で、
「化粧することは女性が美しくなりたいと念ずる結果のわざである。(中略)しかるに、阿国御前やお岩の化粧は、化粧すればするほどに女は醜悪な顔になっていき、あまつさえ心根もかだましくなっていく。この経過は〈逆転〉でなくて何であろう。(ここで氏は、桜田治助の『御摂勧進帳』を引き合いに出し、嫉妬の髪梳きが類型の一つであることを説きつつも、南北の髪梳き場面の凄絶さと恐ろしさの程度と次元が、いかなる先行作品のそれをもはるかにしのぐものだとしたあと、その理由として)それは、そうなっていく経過が刻明に写生的に描き出され、顔形の変化が、人格の変化をもたらし、死による瞬時的な変身までを見せる〈逆転〉の構図の中に、たしかな位置づけを与えられているからだ」
 と述べ、変身のプロセスの抽出の恐ろしさを解明している。
 ところで、この美と醜を含め、先に挙げた二十項目の対極図式のなんたる紋切り型であることか。
 しかし、図式が紋切り型であることは、けだし当然である。つまり、南北にとっての狙いは、これら紋切り型をことごとく虚無化させることにあったのである。これは、先の落合氏説の「一切を空と化す」と同義である。
 言い換えれば、日常という窒息してしまいそうな秩序の非日常化である。
〈逆転〉や〈変身〉による第一義的な所産は、ニヒリズムである。
 では、鶴屋南北は果たしてニヒリズムを標榜するために「股ぐら覗き」をし続けたのであろうか。


3 変身


「変身」と聞けば、フランツ・カフカの小説を思い描くのが一般であろう。
 そこで、『変身』の主人公グレゴール・ザムザと、『四谷怪談』のお岩を比較考察してみたいのだが、まず、「変身」が待望される状況把握をしてかからねばなるまい。
「変身」が待望される状況とは、出口の見つからぬ閉塞状況・息の詰まりそうな日常性であるが、カフカと南北の場合はどうであったろう。
 カフカは、故郷を喪失したユダヤの民の末裔である。横暴な父親との確執もあったし、彼が暮らしたプラハでは、ユダヤ人として疎外されもした。
 南北の場合も、すでに述べたごとく、その生は歓迎されなかったようだし、ことに、文化文政期(田沼時代につぐ、大御所様時代)の政治の糜爛(びらん)に伴う人心の頽廃という閉塞状況の真っ只中で芝居者・河原者として生きた疎外感は並大抵ではなかったはずだ。
 奇しくも、両者は「変身」を求める資質に恵まれていたのである。
 さて、彼らがそれぞれに創出した主人公比較という主題に話を戻そう。
 グレゴールの変身は、ある朝、突然に行われる。巨大なむかでらしい虫への変身であった。作者は、グレゴールの変身理由には触れようとはしないが、主人公の日常生活から推してみれば、窒息しそうな日常生活からの脱却、いや、虫という、人間より一層不自由な存在への変形を思えば、日常性からの脱落(ドロップ・アウト)と考えたほうが自然だろう。
 カフカ自身が青春時代を回想して述べた言葉に耳を傾けてみよう−−
「哀しみに打ちひしがれて、僕はラウレンチ山の中腹に腰を下ろしていたことがあった。そして人生に抱いている願いを考えてみた。そのうち最も重要な、あるいは最も魅力的な願いとして明らかになったのは、人生を展望すること−−であった。人生がそれ本来の厳しい浮き沈みを続け、同時に人生がそれと同じようにはっきり虚無として、夢として認識されるように展望したかったのである」(注2)
 カフカは、現実を仮像の世界であると認識することで、人生を虚無化したかったのである。彼の極限こそ、ニヒリズムであった。
 一方、南北はどうであろうか。
 お岩の変身してゆくプロセスを刻明に視覚化することで、情念を際立たせた。そして、やがて彼女の対極に位置する強者、夫伊右衛門を無化し、ついには弱者対強者の立場の逆転に至るのである。
 南北はニヒリズムにとどまりはしなかった。それを超えたのである。
 ここで、変身には二種類あることが証(あか)された。
 グレゴールは変身後、父に林檎を投げつけられ死に至る、いわば、負の変身である。
 お岩は死することで逆転のエネルギーを獲得するわけで、これは正の変身と呼べないだろうか。人間の生を語る場合、死という負の側面に視座を据え、逆接的にすすめてゆくのが南北のドラマツルギーであることを思えば、当然な帰結なのであろう。
 つまり、「変身」と「逆転」は本質的に意味を異にするのである。
 アンリ・ベルグソンは、「逆転という喜劇的原理が含むものは、予期される役割の突然の喜劇的変換である。たとえば、囚人が判事を譴責(けんせき)し、子供が親を叱り、妻が夫を尻に敷き、生徒が先生を教え、主人が下僕に仕えるというふうに」と指摘しているのだが、この説に従えば、負の変身にとどまった『変身』は悲劇であり、『四谷怪談』は喜劇ということになろう。


4 遊び


 南北の魅力にとり憑かれ、手前勝手な知己となって数十年になることは、すでに述べた。
 しかし、その間、幾度となく彼の魅力について自問自答してみたが、端的に答えられずに過ぎてきた。
 病(やまい)膏こうに入り、この度、彼の生涯を長編小説の形式で脱稿する直前になって、それらしい答えを得た次第である。
 南北の魅力、それは〈遊び〉である。今では、これが彼の本質であることを疑わない。
 彼は、カフカが現実を仮象の世界と認識したのとは逆に、現実を虚に満ちた実像だと把握した。その実像には、数え切れぬほどの例の対極の図式がひしめき合っているのだ。
 現実は実像なのだから、まったき円形のうちに閉じ込めてみる。その円形を包含するように外周を描いてみる。その線は極めて細々とし、凹凸だらけの歪みである。これが、南北の思い描く真実という虚像なのだ。
 まったき円内にある対極の図式を〈情念〉によってつき崩させ、そのエネルギーが円形を外へ向かって膨張拡大させる。そして、限り無く外周の真実という虚像に近づき、あるいはぶつかり合って、虚像の輪郭が色濃く矯正されてゆくのである。
 ここで再確認しておかなくてはならぬことは、実像が虚であり、虚像が真であることの逆接的転換がすでになされていることである。
 虚と真、実像と虚像の間を絶え間なく往来することを、〈遊び〉と呼ぼう。
〈遊び〉は、南北得意の綯い交ぜの手法で、いずれが虚か真が不分明となる。このとき駆使されるものが、パロディー、諧謔、そしてパラドックスである。
 バーバラ・A・バブコックが『さかさまの世界』の中で論述していることで、補足したい。
「思考における構造的な誤りや限界に慎重な反省を向けることによって、パラドックスは限界および範疇的境界を越えて往き来する。すなわち、パラドックスは人間の悟性−−あらゆる人間活動のうちでもっともまじめなもの−−をもて遊ぶ(serio ludere=まじめに遊ぶ)のである。」
〈遊び〉によって不分明になった虚と真の境界が、やがてまったき輪郭を現し始めると、限り無く真に近づくことは先に述べた。しかし、それが実像を持ち始めることは、同時に虚への転化を意味するのである。
 実像(虚)が生ずれば、再び、その外縁に模糊とした虚像(真)の輪郭を描かねばならない。
 南北の〈遊び〉は、かくして永劫回帰の様相を呈するのである。
 むろん、彼は高邁な思想や哲学に基づいて作品を書いたのではない。では、なぜ無学のはずの彼が「まじめな遊び」を習得しえたのであろうか。
 鶴屋南北に改名する直前、勝俵蔵を名乗り、狂言作者として油の乗り出した文化八年(一八一一年)の夏であった。
『謎帯一寸徳兵衛』を上演して数日後、「狂言仕組並に道具衣装心得方」なる触書が出された。

 一、血のりの使用を禁ずる。
 二、非人や物貰いを登場させる時、現今通用する銭などを用いるべからず。
 三、囚人などを出す時には、紛らわしくなきよう扱うべきこと。
 四、近来の雑説(三面記事的事件)を仕組むべからず。
 五、他は従来通り、世上の風義を乱さぬよう、ことに色事は猥りにならぬよう心得、江戸の地名や店をみだりに使用せぬこと。

 これらの項目のすべては、上演中のものを含めて、これまでの彼の作品に当て付けた触書であった。町奉行所は彼を目の敵にしたのである。
 こうして、政治権力との確執が始まり、かの『四谷怪談』までも、『忠臣蔵』の忠臣美談を傷つけるものとして上演を差し止めたのである。
 作者としての南北の生涯は、幕府という政治権力との確執の歴史であったと言っても過言ではあるまい。
 彼は弾圧に抗うために権力側をいかにして騙すか−−これに心血を注いだ。ここで大切なことは、巧く騙したものだと、観客には理解されなければならないことだ。
 彼は、権力との確執の中から、「騙し」という「まじめな遊び」を体得したのである。


5 騙(だま)


 時代やシチュエーションを替える程度の騙しは、先の「嫉妬の髪梳き」などとともに、歌舞伎の常套手段であり類型であって、何も南北の独創ではない。
 彼は、他の作者たちよりも常套・類型を危険をかえりみず極限にまで膨張・拡大してみせたまでである。
 常識・常道を踏みはずしてしまっては、作者南北は存在しえないことは熟知していた。
 決して、時代の革命児ではない。
 現実という実像に潜む二面性を暴きたてることが主眼であり、どちらを選ぶかは観客という受け取り手に委ねるのだ。
 生な言葉でアジテートはしない。あらゆるものから自由でありたかったのだ。
 南北という人間探究は、彼の書き残したものを手掛かりにする以外に術はないのだが、私の知る限り、彼の生な声というべきものは、彼が遺書代わりに書いた一幕物『極楽のつらね』と『寂光門松後萬歳』ばかりである。
 これとて、七十五年の人生の哀歓を語る態のものではない。自分の葬儀に自分自身を亡者として登場させる、いわば茶番である。
 しかし、私には、これぞ彼の真骨頂だと思われてならない。
 最も厳粛であるべき葬儀を茶化し、己の死を客体化してみせている。死から生を視る逆転の構図ではないか。
 彼は仏教における輪廻思想という時代の現実を無化し、超克したかったのであろう。
 甦りなど期待してはいない。追求すべきは、新たな虚像である。
 実像と虚像の永劫回帰−−この〈まじめな遊び〉を行うに最も相応しいスタイルを、私が「股ぐら覗き」の態と名付けた所以はここにあるのである。

 この論を書き進めるにつれて、私は「股ぐら覗き」を奨励したい思いに苛まれつつあることに気付いている。
 私たちを取り巻く状況が、脳裏を占め始めてならないのだ。卑近な、または低俗な例を挙げるなら、選挙民と被選挙民の関係である。
 南北流儀なら、本来、選挙民の掌中にあるべきはずの「騙し」の手管が完全に被選挙民に奪われてしまっているではないか。
 手初めに、被選挙民の首魁たちの顔など、股ぐら覗きしてみてはどうだろう。あの目尻を下げて愛想をふりまく顔貌が、俄かに眉吊り上げた鬼面に変じ、あわよくば、ごうつくばりな本音を聞き出しえないとも限らぬではないか。
 対極の図式をつき崩すに必要なエネルギー=〈情念(怨念)〉なら、お互い、たらふく腹中に蓄えているではないか。
 そろそろ、本気で、〈まじめな遊び〉を遊んでみてはどうだろう。



注1 南北の戯曲構造の特色の一つに「逆転の構図」を据えることは、廣末保、諏訪春雄、服部幸雄、落合清彦の諸氏によって定説化されたものである。

注2 新潮文庫「カフカ−変身」(高橋義孝氏訳)の解説(有村隆広氏)より引用。

◇◇◇
ちょっと長い論文でしたが、
三宅孝太郎の、鶴屋南北への見方・思いが
わかっていただけたでしょうか。

三宅孝太郎の作品は、内容的には
過去にさかのぼっていきますが、
常に今の時代を見据えているようです。

読後の感想などを、
[email protected]まで
いただけると幸いです。

(管理人)

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