惚け老人対策として
藩医による安楽死という
非情手段に踏み切った
小藩に起こる騒動と波紋を
描いた、大好評短編小説。

第5回
(2003年3/30 UP)



 大目付部屋に灯が点されてから、すでに四半刻は過ぎていよう。
 小暮高次と藩医二名による思案投げ首は、昼前から続き、未だ結論を得られないでいた。
 藩医の一人は、名栗壮玄(なぐりそうげん)という。藩に仕えて二十数年。五十歳を越えた今も、坊主頭の光沢いささかも衰えをしらず、容貌魁偉のほどを保っている。
 もう一人のほうは、長崎帰りの気鋭の蘭方医として藩に召し抱えられて数年の前田嘉二郎。長身痩躯に総髪。年齢は三十半ばのはずだが、一途に道を極めんとする若き剣士のような、鋭く澄みきった眼光を有している。
 重要政議が開かれた翌日、小暮は名栗と前田両藩医に、嫁を自裁に追い詰めたとされる十一名の隠居たちを二人して最終診断するよう命じていた。問診によって、僅かながら正常な反応を示したのは一人だけで、他は町医者を動員して行なったときと変わりはないという結果が出るまでに三日を要した。
 それから昨日まで、一日は、如何に家のため藩のためとはいえ、医師が病人の命を奪うことの理不尽さを主張する両医師を説得するのに要した。もう一日は安楽死の方法について検討させてきたのだが、名栗と前田の意見が対立したままであった。
 ところが、今早朝、城代から江戸表の藩主に事の顛末と善処方を伝え決裁を仰いでいた結果が届いた。藩主は、すみやかに安楽死をもって、事を収束させるべしという。
 方法の結論は、本日中に−−これが大目付に課せられた責務となった。
 小暮は急遽、両藩医を招集し、昨日までの対立点を浚(さら)い直した。
 既存の毒薬を少量ずつ十数日かけて服用させるのが名栗の案。これは、日数こそかかるが、徐々に衰弱してゆくだけに苦しみはほとんどない。ただし、毒殺に変わりはないのだから、醜い死斑は免れぬ。
 これに対して前田の案は、蘭方医が外科手術に際して用いる麻酔効果のある薬液を血管に注射するもので、対象となる隠居たちの体力に施せば、さして時を移さず目的を果たせる。ただし、苦しみを除くためには、頃合を見計らって、心臓に指圧をくわえる必要があるという。

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この話は第6回に続きます。

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