惚け老人対策として
藩医による安楽死という
非情手段に踏み切った
小藩に起こる騒動と波紋を
描いた、大好評短編小説。

第7回
(2003年4/13 UP)



 数日たってから、二挺の医者駕龍(かご)が件(くだん)の藩士たちの家を順ぐりに巡りはじめた。そして、三日をおかずして、医者駕龍の立ち去った順に弔(とむら)いを出し続けた。
 嫡男に家督を譲り、致仕後一年を経過したもと藩士には、病の有無にかかわらず順次、藩医が差し向けられるという噂をもと勘定頭の大場久純(ひさずみ)が耳にしたのは、夏の盛りの頃であった。
 やがて、茶の湯をたしなむ隠居仲間が一人減り二人減りして、久純には訪ね交わす相手がいなくなっていたのである。
 まだまだ健康には自信がある。医者駕籠(かご)が来たところで無駄足になるに違いないと思いはするものの、万が一、医者の見立て違いということもなくはない。といって、医者駕籠に門前払いをくわすわけにも参るまい。
 今日は無事だった。明日にも来るのだろうか。不安を抱えて寝に就くことを繰り返すうちに、やはり自分も病んでいるのだろうかと思われてならなくなっている。
 今日も、川面と山肌が藍色に染まるまで、枯葉と戯れ遊んだ。秋を待たずに散る病葉(わくらば)をいとおしむ心が、日毎につのってならない。掃き集めた病葉を燃やす気には、とうていなれない。そよと吹く風にふたたび舞い散り、残された力のありったけをしぼって、庭から向こうの藍色の世界へ飛び去ってくれと祈りさえした。
(今日も無事に暮れゆくのか)
 枯葉の山を両手で掬(すく)いあげ、藍色の空間にばら蒔(ま)いた。その時だった。
「旦那さま。お客様が参られました」と、琴の声を聞いた。
(ついに来たのか)
 久純の全身は凍てついた。
「大目付の小暮様です。こちらへお通しいたしましょうか」
「なに、小暮どのが?」
 久純は、血の気の失せた貌(かお)を縁側へと巡らし訊いた。「して、医師は同道しておられぬのか」
「お一人でございます。折り入って、相談がおありですとか」
(相談? いよいよ明日に決まったか。いきなり藩医を寄越すに忍びがたく、前以って知らせることで覚悟を決めさせようというのか)
「座敷にお通しして、酒肴の用意を頼む」
 くるりと身を反転させると同時に、竹箒を枯葉の山に投げ捨てた。
 せめて潔い心で小暮と対したい。十徳と野袴を脱ぎ捨て、湯殿で残り湯を浴びた。
 そして、こざっぱりした浴衣に着替えてから座敷へと向かった。

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