惚け老人対策として
藩医による安楽死という
非情手段に踏み切った
小藩に起こる騒動と波紋を
描いた、大好評短編小説。

第6回
(2003年4/6 UP)

 名栗は、「心の臓を指で圧するなど、医師として出来かねる」と、前田案を非難してやまない。なるほど、良識ある医師なら口にして当然の理由かも知れないが、小暮の見るところ、名栗には蘭方かぶれした若い前田などに屈してなるものかという意地が顕著であった。
 なぜなら、小暮は、かつて藩命の上だとはいえ、名栗が人一人を己が手で扼殺(やくさつ)した事実の目撃者であったからである。藩主の側室の一人が発狂し、殿の命を危うくしたことがあった。名栗に毒殺の藩命がくだった。おそらく毒の量を間違えたのであろう。側室は死に切れず恐ろしい形相を示しはじめた。たまたま付き添っていた小暮に断わったうえではあるが、名栗はいとも簡単に側室の首に両手をかけたものである。
 一方、気鋭の前田には蘭方医としての矜持(きょうじ)がある。まして、旧弊な考えに胡座(あぐら)をかき人を小莫迦(こばか)にするが如き名栗の傲慢さが気に障ってならないらしい。安易に屈する気など毛頭ないのだ。
 双方の意見が堂々巡りするうちに、段々と言葉が先鋭化しだし、相手を誹謗(ひぼう)することが目的であるが如き様相を呈しはじめてきた。
 小暮の気持ちは、速効性のある前田案に傾いている。ただ、馴染のうすい処方だけに一抹の不安もなくはない。また、両藩医の体面を無視することもできかねる。やむなく折衷案を提議することで膠着状態から脱するしかなかった。
 名栗案の無難さに前田案の速効性を加味して、施術後、三日程度で目的を完遂するよう半ば強圧的に断を下した。
「承知いたしました」
 名栗は快諾した。そして前田に向かって、「ご異存ございますまいな」と、大仰な口ぶりで念を押した。
「ただし、準備のために一両日のご猶予をいただかねばなりますまい」
 前田は、名栗にではなく小暮に向かって言った。「それから、もう一つ。この施術法は、私と名栗どのの両名のみの知るところと致さねばなりますまい。悪用を避けるためでございます」
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